『正欲』で神戸八重子役を演じた東野絢香にインタビューを行った。
東野 ずっと映画に出たいと言っていた中でお話を頂き、その足で原作を買って読ませていただきました。映画に出られるといううれしい気持ちもありながら、原作が本当におもしろくて、これを表現できる力が自分にあるのかと不安で、すぐに準備に取り掛かりました。この作品をよくしたいし、その一人として何か残せたらいいなという気持ちが強かったです。
東野 早めの段階で脚本をいただいたので、原作を読んで、脚本を読んで、交互にしながら役への理解を深めることで、自分の自信のなさをかき消していく感覚でした。
東野 結構自信がないです。自分だけがどうしてもできていない気がすることがたくさんあって。今回も大丈夫だろうかとずっと考えていました。
東野 時間があって、岸監督と佐藤（寛太）さんとで読み合わせを行いました。一人で向き合う時間が撮影期間より長くて、台本を読んで考えている時間が多かったです。
東野 役を理解した気になっても何か足りない気がして考えて、まだ何か足りないというのが自分の中にありました。でも、いざ撮影が始まるとそれが埋まって。撮影中に生身の人間と対話している実感が足りていなかったのかなと思い、それを監督や佐藤さんが満たしてくれたおかげで、最終的には不安は全く感じずに撮影に挑めました。
東野 目で相手を思ったり、セリフがなかったりしたシーンもありますが、自分の中でセリフがあるところとの線引きはなくて。八重子として生きている中で、八重子がいま何を見ていて、誰にどんな視線を向けているのか、自分の中で馴染ませている準備期間だったので、セリフがないところが難しいという感覚はなかったです。
東野 佐藤さんが演じる大也と対話して心を通じ合わせられるかどうか。そこに向けての、八重子の”人生”が自分の中では大切だと思いました。八重子は人と向き合ったことがほとんどない中で初めての一歩を踏み出している状況だと思うので、それまでの“なんで人と向き合うのが怖いのか”とか、“人の視線をどう感じているのか”とか、今までの八重子の人生を考えることが大切だと思いました。
東野 本読みでは、前半の2人の関係性とか、このシーンはこうかなとか、セリフもその時に少し変更になることもあって、一から一緒に作っている感覚がありました。監督から「言いづらいところはないですか？大丈夫ですか？」と聞かれて、「このセリフはこうですか？」と言ったら「こうしましょうか」と変更してくださったりして。クライマックスのシーンは一回読んだだけで涙が止まらなくなって、「これ以上は本番にとっておきましょう」となって、ディスカッションの時間に変更して頂きました。
東野 リハの時に感情が出過ぎてセリフが出てこなくなり、いったん落ち着いてから本番が始まりました。今まで人生で経験したことがない体の感覚というか、肉体がないという感覚というか。佐藤さんだけがそこにいる感覚で、佐藤さんだけに集中して、でも遠くの音が聞こえたりして、それは嫌なノイズではなくて、一部として美しいものであって。自分にとっては不思議な感覚でした。初めてあれだけ集中していたのかと思います。
東野 撮影中にお会いすることはなかったので、完成した映画を観るまでは一緒の作品を撮っているという実感がありませんでした。でも完成したときに“一緒に戦えている”と感じられたのがうれしかったです。共演させていただいているんだ、一緒に作品を作れているんだ、と実感がわきました。
東野 これまでとそんなに演じ方を区別しようという意識はありませんでした。現場の雰囲気は場所によって全然違うと思いますが、岸監督の組はお芝居をすることだけに集中させてもらえて、ずっと誰かに導いてもらえて、ストレスなくみんなで一つの方向に向かって集中している感覚が本当に心地よかったです。各部署のスタッフの方々が最善を尽くされているのがすごく伝わるし、いいものを作ろうと芸術性を持って挑まれているのも空気感で伝わって。自分は俳優部の仕事をしよう、という気合いを入れてもらえたと思いました。
東野 観る人によって受け取り方が全然違う映画だと思いました。衝撃作というキャッチコピーがあるんですけど、初めて観たという衝撃というよりは観ないようにしていた部分を開けたみたいな感覚というか。でもそれが刺激的というよりは優しくほだされている感覚で、美しい映画だなと思いました。
東野 （東京国際映画祭が）初めての舞台挨拶でした。とても緊張していましたが、裏で話しかけてくださったり、レッドカーペットを歩いた時も新垣（結衣）さんがエスコートしてくださったり、佐藤さんが和ませてくださったり、みなさんから声をかけてフォローしていただいて本当に温かいチームでした。（公開記念舞台挨拶では）緊張はしていましたが、たぶん失敗してもみなさんが優しく包み込んでくださるからと勝手に思って、比較的伸び伸びさせて頂いたと思います。稲垣さんにもお話を振っていただいて嬉しかったです。
東野 普段お芝居を観てくださる方や映画を楽しみにしてくださる方は、SNSなどで感想を聞くことが多いので、実際に人がいらっしゃる熱量がうれしくて。それを『正欲』のみなさんと歩けたのがうれしかったです。私がふらふらしてどこか行きそうになったら手を引っ張って誘導してくださったり、インタビュアーからの質問を私に話をふってくださったり、「ヒールで疲れてない？」と聞いてくださったり。その優しさを思い出して、いまだにたまにニヤニヤしています（笑）自分も今後そのような気配りができる人間になっていけたらなと、みなさんを見て感じました。新垣さんはレッドカーペットで初めてお会いして。「やっと会えたね」とおっしゃって頂きましたが、ずっと一緒にいたんじゃないかと錯覚するくらい包容力のある方で、本当に大好きです。
東野 映画館によく観に行きます。海外の作品がどちらかというと多い気がしますけど、素敵な女優さんが出ていたり、お話に興味があったら一人で行ったりすることが多いです。造形がきれいなものも好みですけど、個人にフィーチャーしているものも好きです。特に高校生くらいの時からウェス・アンダーソン監督の作品が好きで、よく観に行っています。
東野 作品をよくするために、俳優部としてできることを第一に考える、ということを学びました。今までも作品をよくするために努めてきたつもりでしたが、もっと作品をよくするために自分には何ができるのか、今回改めて深く考える機会が多かったです。これからも作品ファーストで、いろいろと芸術的なものを考えて、いい作品を作れたらと思いますし、自分自身ももっと表現力が豊かになるように、日々の生き方も考えねばと、改めてしみじみと思いました。
東野 今回映画に初めて出させていただき、素敵な作品や皆様とめぐり合わせていただいて、そのたびに自信のなさでプレッシャーに感じたり不安に押しつぶされたりしそうなことも多かったです。だけど、期待して選んでいただいているので、いつまでも“自信がない”だと申し訳ないと思うようになってきて。期待してもらえたことに応えたいし、それ以上のことができるように努力していきますので、どんどん“期待される役者”になりたいと思います。
【写真・文／編集部】
第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウによる小説『正欲』を監督・岸善幸×脚本・港岳彦、稲垣吾郎×新垣結衣の出演で映画化。家庭環境、性的指向、容姿――様々に異なった“選べない”背景を持つ人たちを同じ地平で描写しながら、人が生きていくための推進力になるのは何なのかというテーマを炙り出していく衝撃的なストーリー。岸善幸がメガホンをとり、『あゝ、荒野』で岸監督と組み、本年も執筆作品が立て続けに公開される港岳彦が脚本を担当。稲垣吾郎と新垣結衣が、息子が不登校になった検事・寺井啓喜と、特殊性癖を持つことを隠して生きる・桐生夏月を演じる。物語が進むにつれ、別の場所でそれぞれの人生を歩んできた彼らの関係は、少しずつ交わっていく。どうしたって降りられないこの世界で、生き延びるために大切なものを、強い衝撃や深い感動とともに提示する。
『正欲』は全国で公開中
監督：岸善幸
出演：稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香
山田真歩、宇野祥平、渡辺大知、徳永えり、岩瀬亮、坂東希、山本浩司
配給：ビターズ・エンド
© 2021 朝井リョウ／新潮社 © 2023「正欲」製作委員会
