「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 ‐ メイキング・オブ・ハリー・ポッター」では、映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』公開20周年を記念した特別企画「炎のゴブレット」が開催されている。今回、「ハリー・ポッター」の映画シリーズにおいてグラフィックデザインを手がけたミラフォラ・ミナとエデュアルド・リマによるグラフィックデュオ「ミナリマ」に、スタジオツアー東京にてインタビューを行った。
三大魔法学校対抗試合の興奮、ユールボールのきらびやかな舞踏会など、シリーズの中でも特に華やかでドラマティックな展開が描かれた同作。その唯一無二の世界観を、グラフィックデザインという側面から支え続けたのが、ミラフォラ・ミナとエデュアルド・リマによるデザインユニット「ミナリマ(MinaLima)」だ。日刊予言者新聞、忍びの地図、ブラック家の家系図――。彼らが手がけた数々のアイコニックなデザインは、もはや魔法ワールドに不可欠な存在と言える。
挑戦と進化し続ける『炎のゴブレット』のデザイン
現在開催中の特別企画の目玉である『炎のゴブレット』。この作品は、ミナリマにとって大きな挑戦だったとミナは語る。それまでの3作品で主に平面のグラフィックデザインを手がけてきたが、この作品で初めて本格的に3Dの小道具デザインに関わる機会を得たのだという。
特に象徴的なのは、タイトルにもなっている「炎のゴブレット」。「このゴブレットには、非常に強い歴史的な物語があるという感覚を持たせたいと考えました。何百年もの間、魔法界の重要な儀式で使われ、あちこちを移動してきたアンティークであること。それでいて、ただの古いオブジェではなく、今もなお魔法の力で『生きている』という生命感を表現したかったのです」と、そのコンセプトを明かす。
ゴブレットをよく見ると、非常に緻密で力強い建築的なディテールが施されているのがわかる。しかし同時に、それはまるで生きている木の一部であり、その木自体がまだ成長し続けているかのような、有機的なフォルムをしている。「未完成というよりは『常に進化し続けている』存在。それが私たちの込めたコンセプトです」と笑顔を見せた。
リマも頷きながら、「アプローチは2Dでも3Dでも変わりません。まず行うのは、膨大なリサーチです。私たちはロンドンにあるいくつもの博物館に足を運びます。幸運なことに、そこにはハリー・ポッターの世界観に直接インスピレーションを与えてくれるような素晴らしいコレクションがたくさんあるんです」と付け加える。
また、『炎のゴブレット』では、他校の魔法使いたちが登場する。フランスから来た優雅なボーバトン校と、東欧の力強いダームストラング校だ。「彼らを歓迎するために、それぞれの学校の校章をデザインする機会にも恵まれました。これは非常に楽しい仕事でした」とリマは振り返る。
ゴブレットの木製部分の制作秘話も興味深い。ミナによると、小道具製作チームのピエール・ボハナと密に連携して作り上げたという。「私たちは同じスタジオ内にいたので、デザイン画を持って彼の作業場へ行き、『このイメージをどうやって形にしますか?』と直接相談することができたんです。私の記憶が正しければ、彼は実際に巨大な本物の木の幹を丸ごと買ってきて、そこから彫り出して制作したんですよ」と、映画製作の現場ならではの、情熱と技術が垣間見えるエピソードを披露した。
クィディッチ・ワールドカップの舞台裏
『炎のゴブレット』は特に新しい要素が多い作品だが、制作で特に時間がかかったり、苦労したりしたデザインについて尋ねると、「それは間違いなく『クィディッチ・ワールドカップ』のシーンですね」とリマは即答した。「本当に膨大な量のデザインを手がけました。冒頭でウィーズリー家が会場に到着するシーンを覚えていますか?あの場所に広がる、何百ものテントや露店の数々。私たちは、その一つひとつに物語を設定し、デザインを描き起こしたんです」と語る。
ミナも「まるで本物のフェスティバルをゼロから作り上げるような作業でした」と同意し、「観客がスタジアムに入る前に目にするであろう、ありとあらゆるものをデザインしました。各国の応援グッズを売る屋台の看板、食べ物のメニュー、宣伝用のパンフレットやポスター、その周りの世界観すべてを構築する必要があったのです」という。
しかし、その努力の結晶は、映画本編ではほんの一瞬しか映らなかった、と苦笑するリマは「ご存知の通り、あのキャンプサイトは死喰い人たちの襲撃によってすべて燃やされてしまいますからね」と振り返り、「もし映像をコマ送りで見たら、何か見つけられるかもしれませんけど…」とミナが言うと、リマは「いや、見えないかもしれない(笑)それくらい一瞬の出来事でしたからね」と返す。スタジオの広大な敷地に、本物のフェスティバルのように壮大なセットを組んだというが、それもまた映画作りの醍醐味であり、面白い思い出だと2人は楽しそうに語った。
スタジオツアーの楽しみ方 ― 魔法のディテールに隠された物語
デザイナーである2人の視点から、スタジオツアー東京の楽しみ方について尋ねると、ミナは「一番の魅力は、映画ではほんの数秒しか映らない、あるいは全くスクリーンに登場しなかったような小道具やセットを、好きなだけ時間をかけてじっくりと見られることだと思います」と語る。
映画では、監督や編集によって、観客が何を見るか、どれくらいの時間見るかが決められてしまうが、ここでは来場者自身が監督だ。「どのデザインに惹かれるか、どれくらいの時間をかけてそれを観察するか、すべてあなたが決めることができるのです」。リマも「まさに。だから、ぜひ時間に余裕を持って、できれば丸一日かけて楽しんでほしいですね」と力強く語る。
そしてミナは、ただ見るだけでなく、「なぜこのデザインなのだろう?」と考えてみてほしい、と提案する。「例えば、教科書のデザインが一つひとつ違うのはなぜか。それは、その本が持つ背景――例えば子供向けの楽しい本なのか、500年の歴史を持つ重要な古文書なのか――を表現しているからです。私たちのデザインには、必ず理由があります。その背後にある物語を想像しながら見ていただくと、より深く魔法の世界に没入できるはずです」。さらにミナは「たとえそれが架空の世界の物語だとしても、作り手たちの『本物』へのこだわりを感じ取っていただけたら嬉しいです」と締めくくった。
「ストーリーテリング」と「リアルな体験」
2人の作品に憧れて、グラフィックデザイナーを目指す若いファンも多いだろう。彼らに向けて、デザイナーとして最も大切にしていることやアドバイスを尋ねると、リマは「私たちがデザインを始める上で最も重要視しているのは『タイポグラフィ(書体)』です」と語る。「私たちはよく『書体をキャスティングする』と言うのですが、これは俳優を役にキャスティングするのと同じ考え方です。そのデザインが持つべき人格や物語にふさわしい書体を選ぶことから、すべてが始まります。正しい書体を選べば、それがデザイン全体の方向性を力強く導いてくれるんです」と明かす。
一方、ミナはデザインの核にあるのは常に「ストーリーテリング」だと強調する。「それは映画の仕事に限らず、すべてのデザインに共通しています。例えば、新しいウイスキーのブランドロゴをデザインするなら、そのウイスキーが持つ歴史や物語を考えます。新聞の見出しをデザインするなら、その新聞がどんな読者に何を伝えたいのかを想像する。それは論理的な作業というよりは、感覚的なものです。すべてのものには物語があります。私たちの仕事は、その物語を伝えるための最適な方法を見つけ出すことなのです」。
そして、これからデザイナーを目指す人へのアドバイスとして、2人は口を揃えて「自分だけの“リアルライブラリー”を作ること」の重要性を説く。「インターネットのことは一旦忘れてください(笑)」とミナは茶目っ気たっぷりに言う。「本屋さん、特に古本屋さんや、専門的なアーカイブ、博物館に足を運んでみてください。そこには壁紙、タイポグラフィー、布地のパターン、宝飾品など、信じられないほど素晴らしい資料が眠っています。そういった物理的なものに触れ、自分の目で見て、心を動かされたものを集めていく。その自分だけのコレクションが、あなたの創造性の源泉になるはずです」と話す。
リマも「それは、AIがインターネット上の情報を収集するのと同じプロセスを、あなた自身の足と感性で、リアルな世界で行うということです。私たちはそれを『RI(リアル・インテリジェンス)』と呼んでいます」と続け、デジタル時代におけるアナログな体験の価値を訴えた。
日本のファンとの特別な絆 ― 国境を越えるクリエイティビティ
これまで世界中のファンと交流してきた2人だが、日本のファンの印象は特別だと語る。「日本のファンの皆さんは本当に素晴らしいです」とリマは目を輝かせる。初めて来日した2018年、大阪でのイベントで、通訳から「日本のファンはあまりハグを好まない」と聞いていたという。しかし、ミート&グリートで最初に来てくれた女性が「ハグしてもいいですか?」と尋ねてきたことをきっかけに、列に並んでいたファン全員とハグを交わすという、心温まる交流があったそうで、「涙あり、笑いありの、本当に温かい交流になりました」とリマは振り返る。
ミナが最も驚き、感動したのは、日本のファンが彼らの仕事を深く理解してくれていることだった。「日本は地理的にはとても遠い国なのに、どうしてみんな私たちのことを知ってくれているんだろう、と不思議に思いました。でも、すぐにその理由がわかりました。日本の皆さんが持つ、ディテールへのこだわりや、物語を深く読み解く感性が、私たちのデザイン哲学と強く共鳴してくれていたのだと。それは本当に素晴らしい発見でした」。
さらに、日本のファンから贈られるプレゼントのクリエイティビティにもいつも驚かされるという。「私たちのショップを折り紙で精巧に作ってきてくれた方がいたり。私たちに向けて返ってくるその創造性の豊かさは、他のどの国でも経験したことのない、特別なものです」とミナは語る。
「皆さんにとって忘れられない体験になることを願っています」
最後に「私たちが誇りに思う作品はたくさんありますが、やはり『忍びの地図』や『日刊予言者新聞』は特別です」とリマは言う。「でも、スタジオツアー東京では、ぜひ『ブラック家の家系図のタペストリー』にも注目してください。あの作品には、私たちのリサーチとストーリーテリングのすべてが凝縮されています。実は、よく見ると『JAPAN』という文字も隠されているんですよ」。
ミナは「私たちはハリー・ポッターのおかげで出会い、ミナリマが生まれました。この25年近くにわたる旅は、信じられないような経験の連続でした。今もこうしてウィザーディング・ワールドを支え続け、日本の皆さんと魔法を分かち合えることを、心から嬉しく思っています。このスタジオツアーが、皆さんにとって忘れられない体験になることを願っています」と、日本のファンへの感謝と愛情を込めて締めくくった。
【提供写真、文/編集部】
「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 ‐ メイキング・オブ・ハリー・ポッター」
映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』公開20周年記念、特別企画「炎のゴブレット」は9月8日(月)まで開催中
「スタジオツアー東京」公式ウェブサイト: こちら