『底辺から走り出せ』

第29回東京国際映画祭
作品レビュー
アジアの未来部門『底辺から走り出せ』


一世を風靡したロックンローラーとしての人生から一転、代行運転手として新たな人生を歩み出した男ホーピンの人生を描く本作。監督が「前半は中年世代のドキュメンタリーのように、後半はよりフィクション性のあるファンタジー」と語るように、だんだんと加速していくような物語に引き込まれていくストーリーだ。全編を通して、ひとりひとりの人生の中にある、点と点が繋がって新たな使命や夢を見つけ出す、そんな誰にでもあるような「運命」とでも呼ぶべき、普遍的な経験がドラマティックに語られていく。人生に求めるものは一体何なのか。富か?名声か?安定した暮らしか?それとも・・・。それぞれの夢が、それぞれの苦しみが、それぞれを繋ぐ絆が、それぞれが生きてきた人生がやがて一人の男の運命を変え、最後に一つの曲となって幕が下りる、そんな映画が『底辺から走りだせ』だ。

アジア諸国の比較的若い監督の作品が選出されている東京国際映画祭「アジアの未来」部門。本作の映画全体を通しての空気感や、登場する様々なシーンには、私たち日本と中国がアジア文化圏で共有するどこか親しみやすい雰囲気があふれている。しかし同時に、ユーモアセンス、思わず笑いのこぼれるシーンや登場人物の感情表現といった細かいところに、どこか異国感、エキゾチックな雰囲気を感じられるのも本作の魅力であり、ひいては映画祭でしか味わえない感覚かもしれない。また、音楽人の生き様を描く映画とあって、劇中のメッセージはドラマティックな夜景を背景にギターを弾き語るシーンやオーディション番組の収録シーンと言ったように、楽曲を通して表現されることが多く、異国の言語で語られる映画ではありながら、挿入される楽曲の雰囲気でも登場人物たちの心情を汲み取ることができ、ただ字幕に目を凝らすだけでない楽しみ方もできる作品であることを付け加えておきたい。

【文・坂東樹】

『底辺から走り出せ』

『底辺から走り出せ』

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